2017年6月22日~明治歴150・1867年~「薩摩土佐の密約」
道楽草michirakusou
2017年6月22日木曜日曇り。
~明治歴150・1867年~「薩摩土佐の密約」
今年は幕末の150周年記念イベントが多い。時代の緊迫した様子を、実時間とともに会得するには好都合。「薩長連合」はよく聞くが、薩土連合は表に出ない。密約までである。「幕府だけでなく、徳川家も潰そう」過激派の長州藩。「徳川家は残してもいい」穏健派の土佐藩。一方薩摩は保守主義者の島津久光が徳川家を生かす方向から倒幕へと揺れ動く。薩摩は過激な長州藩と組むにあたって、危険すぎると感じたのかもしれない。そこに「薩土盟約」、「薩土密約」ができた?薩摩の代表は西郷と大久保、土佐の代表は板垣退助。ここから、「大政奉還」という歴史的平和的手段によって、日本の改革が成し遂げられたと言われる。薩摩は常にしたたかな動きを見せたということかもしれない。
廻日録kaijituroku2016年~2007年の6月22日
2016年水曜日雨のち曇り。
「バックページ~命日の記憶・28」※リンクあり
※石橋エータロー、1994年6月22日、 1927年生の66歳。死因は胃がん。何し負うクレージー・キャッツのメンバー。植木等や谷啓ほど目だったキャラはなく、ピアノの腕もよかったそうだが。べったり頭に黒目がね、ひもネクタイの粋人の印象があった。調べるとやはり著名な※画家の孫、一世を風靡した※音楽家の父の流れ。育ちは不遇の上結核を患った。心臓病で途中退団して料理研究家となる。父と趣味が合い渋谷に居酒屋を出した。顔と体に似合わぬ酒豪だったという。大画家からの三世代話、※画家の妻(祖母)の人物にも興味が尽きないだろう。その※居酒屋は夫人が引き継ぎ今も営業中、客が絶えないそうだ。
再訪打ち合わせ楽し |
11時発ターンにて輪行。電車から地下鉄、下車後バスに。上り坂対策として、汗だくにならない方法。13時から04y邸リニューアル打ち合わせ。いよいよ工事に移ってバト同行。浴室のタイル決定。17時過ぎ帰路。道を外してJrのSy駅まで丘を下る。
朝から雨で山歩きは断念。ブログ来週分を仕込み。12時発丹人にてスポーツクラブ、レッスンはキック・シェイプ初参加。マタ先生のまるでシャドウ・キックボクシング、楽しめる。サウナ後、ダハ先生の姿勢改善リラックス、番頭合流してモジ先生のルーシー・ダットン。17時帰路、西向きに食品スーパーまで遠征。蒸し鶏、ランプステーキ、ダシ巻き、マグロ、おでん盛り合わせ、上乾チリメン、ししゃも、はくさい、レタス、カイワレ、赤玉ねぎ、ベビーリーフ、天然ひらめお造り、かつおたたき、肥後グリーン、ヨコワツクリ、玉ねぎ、土生姜、こくうまキムチ、にら、蔵尾ポーク。早めの就寝。
シーダ・バーンでの住み心地は?と聞かれたら、梅雨の間に来てみてください、と答える。それこそ言葉では伝えられないくらい、の居心地を感じてもらえると思う。来るべき猛暑を控えているから、鬱陶しい雨という感覚はないことは確かだ。
散策の小径 |
雨上がりで、久しぶりの早朝散歩に。山歩き短めコース。朝食の後、修繕パンフレットと特別付録のみカラーコピー。駅前スーパー、まさば、あじたたき、厚揚げ、いわし頭取り、特濃ミルク、するめいか、卵、もやし。昼食後A3綴じスタイルのためコンビニでコピー、途中機器調子悪く、きりあげて丹人にてメゾン。定例理事会。無法チラシみっともない。15時過ぎ終了。明日の総会準備。途中停電騒ぎ。居合わせた電気保安者のおかげでクリアー。委任状集計など作業も終わり、関係一同拍手。19時帰路。未明ブログ。
2012年金曜日雨。
ポーチ貫間スケッチ |
早朝ブログに時間取られて、7時半過ぎザメ旅館発。折からの集中雨で丹人が渋滞に巻き込まれてしまい、12x邸現場には8時10分着。ノシ組二人とダリ。サブはルーバーの続き。ダリは玄関建具のつり込みから蝶番付けへ。中1日のワサは今日はモクセン残をまとめよう、となった。モクセンのスケッチを改めてワサに説明するが、最後に板張りのところは本当の端材だけで処理することにした。特に50ミリ材を多用、1階ポーチも50厚の端材利用となって、小屋裏に積んでいた端材積み木の量が、ずいぶん減ったように思う。40厚の長め材は端材とは呼べず、置いて帰るのは誤解の許。最終で持って帰るつもり。昼食、スーパー弁当。郵便コーナーで現金引き出し。ダリの宿泊追加用。
昼前からポーチの貫の間の端材無双に没頭。飯食いしながら考える。200幅の板材だけでなく、240幅の階段踏板や50角面格子など、また途中で割いた105幅など50厚さオールスターでスケッチ。そのランダムさが、我ながら何とも言えない。15時前12x奥様が玄関錠と差し入れに来場されたので、内部の案内とポーチスケッチをみてもらう。面白い!と嬉しそうな反応いただき一安心。15時、外で木屑粉をざる漉ししていると、遠くの道端の角から大声で「おじちゃん!」と・・。私の姿を見るや「○○にやられた!」と言って、ワーンと泣き出した。見ると顔をぶたれたのか多少赤いが、たいしたことはない。痛かった?一緒にお家まで帰ろうか、と慰めると頷いて、おじさん、僕明日は誕生日などと言いながら落ち着いてきた。道の向こうからお母さんが迎えに来て無事引き渡す。15時の休憩時に明日の作業の打ち合わせを済まておいて、今日届いた照明シェードを小屋裏に陳列する。端材をトランクとバッグに詰め込んで、16時半前帰路。バス、電車、新幹線で21時過ぎ帰宅。
2011年水曜日曇り。