2020年12月9日~今年のマイブーム音楽・4-7~「”Ballet for a Girl in Buchannon” live (Tanglewood 1970)」
道楽草michirakusou
2020年水曜日晴れ。~今年のマイブーム音楽・4-7~「”Ballet for a Girl in Buchannon” live (Tanglewood 1970)」
記念すべきシカゴのライブ・コンサートは50周年。ボストンの西、ピッツフィールドとストックブリッジの間に、タングルウッドがある。かつての小沢征爾のボストン交響楽団も演奏した、夏の音楽祭で有名なところでもある。すぐ北に牛舎で有名なハンコック・シェーカー・ビレッジもあるから、一度は訪ねてみたい場所だった。もう叶わないだろうが。前年レコードデビューしたシカゴ・トランシット・オーソリティ改めシカゴのライブが7月21日に行われた。デビュー当時のシカゴといえば、圧倒的な作曲能力を持つロバート・ラムの存在感があったし、ベース&高音ボーカルのピーター・セトラもいた。しかし、このライブを見て、主導はギターのテリー・カースであったことがわかる。クラシック専用のステージのせいか、演奏にも服装にも何の飾り気がない。ドラムも平場の間近で叩いている。ブラスも含めて、全体が一体化していて、演奏に勢いがある。「1970年という時代背景もあって、この頃のシカゴは荒々しいというか、すさまじい熱を感じさせるライヴになっています。そのエナジーは、ギターのテリー・カスのプレイに象徴されるもので、迫力のある演奏となって現れました。」※SOSEGON魂より。そして、この組曲はトロンボーンのジェームス・パンコウ作。もう全員参加じゃないか!バンド50年の歴史の初期にして、最高のパーフォマンスだった。
合唱活動をしていた中学校で相次いクラスター(感染者集団)が発生したことを受け、文部科学省は全国の教育委員会などに、「合唱時は原則マスクを着用」を求めた。一方、屋外で行う場合は間隔を最低2メートル空け、向かい合うことを避ければ着用は義務づけないとした。理科の近距離で行う実験や観察、音楽のリコーダーなどの管楽器演奏、体育の密集運動なども、注意を。
廻日録kaijitsuroku2019年~2007年の12月9日
2019年月曜日晴れのち曇り。~KKT・カイン・コメンタール・ターク~ノーコメントデイ。
2018年12月9日日曜日曇り。~ロックラシック・7/8~「パット・メセニー」※リンクあり
何のかのと言っても、やっぱり懐かしいメロディを求めれば、パット・メセニーに行きつく。ジャズでありながらフォーク・フレイバー一杯のミュージシャンは後にも先にもいない。ましてや、至高のメロディとなれば空前である。彼の場合、詩はなくてもよい。1992年の傑作secret storyであるが、いつのまにかボーナストラックが追加されていた(2007年だった)。そのなかにはもったいない名曲があった。東京の街路が楽しい動画がついた※”Understanding”。裏声スキャットが当時の雰囲気だね。フレッド・アステアダンスの動画で聴く”Et si c’était la fin (As If It Were the End)”は別項で。
10時着、Hb邸mk、土捏ね、Hb様藁切り。15時帰路、Hd駅から。
201712月9日土曜日曇りのち晴れ。~明治歴150・1867年~「王政復古」
当時の争点は、兵庫開港問題だった。大政奉還にもかかわらず開港が予定通りで、慶喜の復権を内外に強く印象付けてはいけない。薩摩・土佐・安芸・尾張・越前各藩の軍事力を背景とした政変が決行された。「王政復古の大号令」で新政府が樹立されたことになった。大政奉還から1か月とならない、緊張の日々だっただろう。この天皇を中心とする政治体制が形は違うにせよ、今の今まで続くというのは、どういうことだろうか?わずか150年のことで伝統とは言えないだろう。
番頭とTh駅で待ち合わせて、ローカル特急でyy温泉駅下車。田舎暮らしの土地と温泉プール。川堰止めプールも発見。しがないレストランでビール、味噌田楽、山菜天ぷら、川魚フライ、冷奴。帰りがけにオシャレなカフェ発見。ローカル線と新幹線で帰路。
「ナンテンの実」
アトリエの格子窓の向こうに南天の木、毎年赤い実をつけるが、例年より多く実をつけた気がする。実はこの庭に、フルボ酸という植物ミネラルの入った風呂の排水を、庭木の水遣りに使うことにした。ミネラル効果が出てきたのかもしれない。南天の実は鳥がついばみにやってくるが、人には古くから生薬として利用されてきたらしい。殺菌・咳止めの有効成分として認められているくらいだから、風邪のひきはじめに試してみるのも悪くない。
2015年水曜日晴れのち曇り。
「バックページ~命日の記憶・63」※リンクあり
※アレックス・モールトン、2012年12月9日、1920年生の67歳。死因は心臓発作。1956年のスエズ動乱で石油資源の問題に関心を持つ。1962年小径車「モールトン・バイシクル」を開発した。一旦、他社(ラレー)に売却も、1980年代に入ると権利を買い戻した。モデルは小径・高圧タイヤに特徴的なトラスフレームを採用し、溶接等の手作業部分を多く含む。たまたま私が1984年ロンドンで手にした1台は、その記念すべきAM2だった、ということ。それにしても。モールトン、ブロンプトン、A-BIKEなど、正統な常識を打ち破る自転車のどれもこれもがイギリス製である。デザイン化された実用という点では、日本は遥か及ばない。
耐火煉瓦の里 |
8時過ぎ発、番頭とHas駅から電車。A-BIKEトラヴォイ輪行。10時過ぎ15x邸着。引き込み等工事。12時前発、Os駅からHmj駅経由、MIs駅下車。耐火煉瓦のHkd興業訪問。置き場に案内してもらって、レンガ実物拝見、決定。15時前退出。帰路途中Hmj駅下車、海鮮居酒屋Us水産で、Hmj風おでん、鮮魚5点、タコポン、タコ刺身、シーザーサラダ、穴子天、スードラ。
2014年火曜日晴れ。
「kikutake・moulton・3]
まさに30年前の今日である。成田空港から出発した海洋都市空間開発欧州調査団。団長はmr.kikutake、団員の一人が私だった。ロンドン行きは、当時まだアンカレッジ経由。早朝のトランジットでアムステルダム。バスは最初の調査地ロッテルダム経由でschevenongenへ。カタカナはスフェベニンゲンともスケベニンゲンとも表記。スヘフェニンゲンは北海に面して、長い砂浜と観光漁港のあるリゾート地。ここでマリーナの開発に関して講義を受けた。ハーグ泊で翌朝は終日業務調査とあるが、私の興味はオランダの自転車事情にあった。
帯状疱疹10日目にして、ようやくおさまってきた。電車にて15x邸現地視察。帰路、駅前スーパーCp、ヨーグルト、豚バラ、鶏もも肉、和牛シチュー用、カマンベール、卵。バトは立見邸現場 水口左官午後 側溝ベースコン打ち、ブロック積み。
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スリーブ置きと型枠はずし |
2013年月曜日晴れ。
衣食住・・その2。人体に対しては、多岐にわたる専門家が控えているが、衣食住なかでも住についてはまかせっきり状態であろうか。逆に言えば建築家や住宅関係者は、衣はもちろん、食や体のことについて考えを広くしたい。特に建築家は唯一、統合者としての資格が与えられているのだから。
9時20分13y邸現場着丹人。シュー組2人、ジド。基礎ベースに墨出し、一部型枠。既に設備配管スリーブ済、電話でダヤ設備に確認して一部位置を修正。ジナガスのワシ、1人、ガス北側1本スリーブを設置。11時帰路、シュー組も午前中まで。
湖一周5キロの散歩 |
多少の寒さとベッドの相性で寝付きの良くないのを耐えながら、6時半廊下の物音で目醒め。食事の時間であるがサプリとだし汁しかない私はお呼びでない。7時自己申告検査、わるくない。一晩眠れば下がるの当たり前と思ったら、そうでもないと言われた。ここでは世界でも珍しく就寝前と起床時の検査をみると言う。肝臓などの働きで朝の方が上がる場合があって、そこを確認するらしい。サプリと薬。7時半から医師の講義1時間。こういうやり方は予想外のユニークさ。
印象は炭水化物はタンパク質からも脂肪からも生み出せるから、炭水化物摂取は要らないと言うこと。血圧上々。9時半からツアー。車に先生とスタッフ、4名で近くの湖へ。先生と3人でわかれて、1週5キロお話しウォーキング。ここでも医師の独特の世界観を聴きいる。11時半帰路。サプリ、午睡、血糖値上々。15時散歩、鶴林寺という大きなお寺。入院以来の便秘を公園便所で苦労。帰院17時過ぎ。睡眠。風呂、ブログ。間食もゼロで、時間を紛らわしてヒットテーブル1か月分チアに送る。就寝前血糖値上々。
2011年金曜日曇り。
昨日までの現場作業を一段落させて、11e邸の基本構想に着手。一昨日まで使っていたA4の方眼ノートがどうしても見つからない。とうとう新しいものを購入、描き初めはたたき台として南入りの2案をスケッチ。基本構想は方眼紙に間取りを展開することから始まる。良し悪しはともかく最初に思いついた案から間取りの整合性をとっていく。契約時に11eさまと合意のある、所要部屋の関連性を考えながら延べ面積の近いものを探す。延べ面積はシーダ・バーンという品質から導かれた一定の坪単価を掛けることによって工事費が想定されるもので、とっかかりとしては重要なものである。ただし11e様はキッチン、ダイニング、リビングの1,2階の指定をしていないので、当然まず1階案、2階案の比較から始まったわけである。一旦筆を置いて、次案を頭の中で醸成する。午後、メゾンで排水管洗浄、消防設備点検と定期清掃の重なる日と聞いていた。14時過ぎ様子見に出かける。玄関奥会議室に着くと、何と設備点検担当員4名が休憩のためか会議テーブルに足伸びをして休んでいる。後日、注意。今までの習慣か業者が住民の共有スペースを堂々と占拠してよいものなのか?疑問に思う。ツリー、新しい蝋燭風の小物やタイマーが追加設置されている。他の理事の方々のご好意によるものとわかり気持ちが和む。自動ドアの建具の不具合なども管理人と相談して、退出。
新アルトでドイツ惣菜屋へ。前回購入した粒マスタードが好評のうち完食につき補充するため。スタイリッシュなマダムばかりで意外な混雑の中、3種の粒マスタード購入して帰路。夕刻ブログ。
晩秋の実り |
2010年木曜日晴れ。
講義日。電車、タクシーで9:30大学着。夕方、 フェリーで10z邸へ。10z邸、代打のバト。 1階床、方立 大工5 瓦3 電気1 板金様子見。
2009年水曜日曇り。
午後09x邸 ツモさん。クム 納戸収納引き出し。
2008年火曜日曇り後雨。
09x邸石裏込め |
電車8時半09x邸着。シゥー組 3人 石積み1段終了 石足らず 足らない部分調査スケッチ済み。 図面化して 後日ネットで調べた西宮の日本庭園石材にいく予定。 裏込め 埋め戻し。 16時レンタルユンボ 返却。 バト16時 新アルト 16時半帰路。 08ex邸 バト新アルト10時着。カラン取り付け不良箇所確認。 ガラス建具納品。 10時30分 登記検査 登記書類・図面修正提出。 タイル余り ブルーシート積み込み09x邸へ。
1984年日曜日。
海洋都市空間開発欧州調査団初日。団長菊竹清訓話、副団長今野修平以下総勢11人。20時55分成田空港よりBA006にて出発。アンカレッジ経由。